馬場のはりブログ<院長独白>

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zoom RSS <臨床の場より>花粉症−2

<<   作成日時 : 2015/03/17 08:52  

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◆東洋医学の考え方
1.本当の原因はなにか?
春といえば、花粉症という人が年々増えています。この花粉症は、花粉の飛散量に比例して症状の軽重が変わる人もいれば、量の多少に関わらずひどい人もおります。
春という時期に花粉症に苦しむ人が多くいる一方で、花粉が大量に飛散してもまったく平気な人も多くいます。家の中でもマスクして完全防備しているのに、症状が出たり天候に左右されるという人も少なくありません。
花粉症は、本当に「花粉」が原因でしょうか。どうしても花粉とは別の原因があると考えざるを得ないのです。そうでなくては、鍼灸治療などは勧めようもないのです。
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2.個人差について
花粉症の経験者の中にも、なぜ家の中に居て花粉を避けているのに症状が出るのだろうか、なぜ雨で花粉がそう飛んでいないのに症状がひどいのだろうか・・・。
また、晴れていても平気なのはなぜだろうか、あるいは昨年は花粉の量が多くても軽かったが今年は少ないのにひどいのはなぜだろうかなどなど、自身の症状の在り方に疑問を抱く人は少なくないでしょう。こうした違いを個人差だと誰もがいいます。
私には、この個人差こそ注目すべき問題だと思うのです。この個人差は、同じ花粉に対する個人の反応の違いであり、この違いは個人の状態の在り方に起因しているはずです。こう考えることで、対応の仕方もずいぶんと変わってくることでしょう。 こうした視点から花粉症を見つめなおすと、「花粉に問題があるのではなく、問題は別にある」と思えてきませんか・・・・・。

3.本質的な問題
もう少し花粉症の原因である花粉について考えてみましょう。
もし原因である花粉がすべての問題であるならば、量の多少に関わらず全員が花粉症に罹らなければならないはずです。しかし、現実的には違います。
花粉そのものは、特定の条件下でのみ花粉症を引き起こす媒体となるのであって、それ自体は人を害するものではありません。花粉症は、その時の身体の状態により、症状の有無や軽重の違いを生じさせる事は自明であります。現に、マスクをしたり布団や洗濯物を外に干さないといった花粉を遮断するという手段では、一時的な回避策としては有効とはなるものの、根本的な解決策には一切なっていないのです。また、薬にて症状を抑えることも、あくまでも対症的な緩和措置でしかありません。
この様に、花粉そのものを問題としている治療では、毎年同じことの繰り返しで何も変わらないのです。むしろ、悪化していくことも多々あります。
本質的な問題は、「患者の状態」にあります。

4.鍼灸治療について 
東洋医学では、人体の構造を内気(五蔵)と外形の陰陽として
考えます。内(陰)にある五蔵の働きが、外(陽)に現れている身体のすべてを現わしていると認識しているのです。
五蔵の働きを「蔵気」といい、蔵気のあり方(五蔵の状態)があらゆる生理と病理を決定づけるというものです。この事は、何らかの原因で蔵気が衰退すれば五蔵は失調し、その現象として外形に様々な不調が生じることになるというものなのです。
蔵気の衰退は生理的にも漸次進行するものです。しかし、寝不足や暴飲暴食などの不摂生や、家庭・学校・職場などでの人間関係、住環境など様々な要因によってより加速的に進んでいくことになります。その事により、症状の軽重に違いが生じ、飲食・大小便・睡眠・精神状態などに種々なる変調をきたすことになるのです。
したがって、花粉症も「蔵気の衰退」によって起こる不調の一つということができます。症状も単一病症として現れることはなく、本人が意識しているかは別にして、必ず種々なる変調が認められます。この蔵気の衰退程度により、発症する症状の違いや体調の善し悪しにも差が出てくるわけです。

鍼灸治療は、患者の病証(主症状をはじめ飲食・大小便・睡
眠・精神状態等の諸症状や脉状など)から、蔵気(精気)の在り方や五蔵の状態を診断し、その不調和を経絡・経穴などにより調整(治療)して、生命力の強化を図ることを目的としたものです。
蔵気の虚(精気の虚)が改善され、五蔵に一定の調和が戻れば花粉症を含めた様々な不調和(病症)が解消されることになるのです。
つまり、花粉の受け手の状態(五蔵の状態)、花粉に反応する状態(五蔵の不調和)を治療する事で、根本的な解決策を講じることができるようになるのです。

5.春の病という考え方
花粉症は症状の軽重に関わらず、2月にはじまり5月の連休までには終息します。
しかし、なぜ多くの人が杉花粉にだけ異常なまでに激しく反応するのかという疑問がどうしても残ります。

東洋医学には、自然の気と人の気は一体であると言う思想があります。自然の「気」と人の「蔵気」とが対応しているという考え方(天人感応)であります。この対応関係は、自然の変化が人にも同様の変化をもたらす。つまり、人の変化の中に自然の気を見出すことができるという考え方です。
例えば、人の五蔵(肝、心、肺、腎、脾)は自然の「気」の一つである四時(春、夏、秋、冬と土用)に対応し、その影響を受けるという思想です。

花粉症のはじまりだす2月初旬はちょうど立春にあたり、終息する5月の連休中頃は立夏にあたっています。この3ヶ月間は季節でいえば春になります。季節(四時)という観点から見直すと、病の推移と季節の移り変わりとがきれいに合致していることから、両者に対応関係があることがはっきりと見て取れます。つまり、花粉症を春に生じる病として考えることができるのです。

春には春の気があります。それを春気といいます。この春気は、物事を「発生」させ「生長」させ「動」かすといった働きがあり、変化させるという性質から風気ともいわれます。
また五行的には木気であり、人の肝という蔵気と同じです。春になると風気(春気)が盛んになると同時に、人の肝気も旺気することになります。
しかし、日々の精神疲労や恒常的に肺脾の蔵気が衰退している人にとっては、春気の影響による蔵気のバランスの変化が病を起こさせる原因となるのです。
こうした蔵気の関係の変化は、春気の旺気によってもたらされた病的変化ということができますが、この場合を春気(風気)の過多といい、それはもはや万物を春たらしめる気ではなく、人に悪影響をもたらす邪気、すなわち「風邪」となってしまうのです。
風邪という邪気は、陰陽的には陽邪ですから、人の陽部(特に上半身)に動的(発生、上昇開泄、急速、熱化)な変化をもたらし、花粉症のような目や鼻の痒み(熱)と涙・鼻水などの液体成分を自動的に流出(開泄)させるのです。これが春の病であり、その中に花粉症も含まれているのです。
 この春の病はいつまでも続くわけではなく、5月の連休中の立夏を迎える前には消沈することになるわけです。

要するに春の病とは、春気と蔵気との矛盾による、蔵気の不調和から発症するのです。
季節病の治療は、発症する時期にだけ行えばよいということにはならず、通年の治療により「蔵気」の衰退を少しずつ回復させていくことで、根本的な解決をはかっていかなければなりません。 
体調の良い時期こそ、自然の気の変化に対応できる蔵気を養い五蔵の状態を整える大切な準備期間となるのです。 

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