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zoom RSS テーマ「院長独白」のブログ記事

みんなの「院長独白」ブログ

タイトル 日 時
<臨床の場より>花粉症−2
<臨床の場より>花粉症−2 ◆東洋医学の考え方 1.本当の原因はなにか? 春といえば、花粉症という人が年々増えています。この花粉症は、花粉の飛散量に比例して症状の軽重が変わる人もいれば、量の多少に関わらずひどい人もおります。 春という時期に花粉症に苦しむ人が多くいる一方で、花粉が大量に飛散してもまったく平気な人も多くいます。家の中でもマスクして完全防備しているのに、症状が出たり天候に左右されるという人も少なくありません。 花粉症は、本当に「花粉」が原因でしょうか。どうしても花粉とは別の原因があると考えざるを得ないの... ...続きを見る

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2015/03/17 08:52
<臨床の場より>花粉症−1
<臨床の場より>花粉症−1 ◆花粉症について 1.はじめに 近年、花粉症の患者数は年々急増し、今や全国で3800万人と推定されています。 原因となる花粉としては、春先に飛ぶスギ花粉が最も多く、全体の約90%を占めているといわれています。花粉症はアレルギー疾患なので、早期に完全に治すことは難しく、日常生活に大きな支障をきたします。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/03/16 15:10
難経考−6
難経考−6 <難経考-6> 難経の全内容一覧 ◆扁鵲像 ...続きを見る

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2015/02/13 16:40
難経考−5
難経考−5 <難経考−5> 難経の選穴原理 と法則性 ...続きを見る

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2015/02/09 11:09
迎春 本年も宜しく・・・・
迎春 本年も宜しく・・・・ ...続きを見る

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2015/01/05 21:55
難経考−4
難経考−4 <難経考-4> 難経刺法論 ...続きを見る

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2014/12/02 17:15
難経考−3
難経考−3 <難経考-3> 難経の全体構成 ...続きを見る

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2014/11/24 08:58
難経考−2
難経考−2 <難経考-2> 難経の特質 ...続きを見る

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2014/11/20 15:01
難経考−1
難経考−1 <難経考-1>  難経とは ...続きを見る

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2014/11/14 16:46
下腹部を「小腹・少腹」とする古典文献
下腹部を「小腹・少腹」とする古典文献 ◆「小腹」「少腹」とは 漢方はり治療の臨床学術は、東洋の伝統的な医学古典文献である「素問」「霊枢」「難経」等の臨床実践により構築されている。この事より身体各部の古典名称を正しく知ることは重要な意義をもつものである。 ...続きを見る

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2014/10/23 19:11
基本刺鍼の修練が基本−3
基本刺鍼の修練が基本−3 B営気の補法  目的=血中の陽気(営気)を補う手法。  手法=おおむね『霊枢九鍼十二原篇』の補法の手技に準ずる。毫鍼の場合は、まず穴所を軽擦し気を散じ衛気の補法よりは入念に補う。鍉鍼の場合は、衛気を傷つけないように衛気の存在する場所(皮毛)より深めに押手を構える。深めと言っても皮膚面を押し下げない程度がよい。鍉鍼の先端は穴所に接触させるが押しつけないのがポイントである。刺手は少し竜頭を摘むようにする。  効果=血中の陽気(営気)が補われるために、営気の不調により... ...続きを見る

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2014/09/19 15:46
基本刺鍼の修練が基本−2
基本刺鍼の修練が基本−2 3.基本刺鍼の重要性 衛気営気の手法を修得する為には、基本刺鍼の修練こそ最も基本となります。それも、臨床家の指導により行う事をお勧め致します。初めからの独学は難しいでしょう。基本刺鍼のポイントが修得出来たら繰返し修練する事です。基本刺鍼や取穴法の修練は、初学者・ベテラン共に繰り返し繰り返し修練すべきものであります。用鍼についても、豪鍼・鍉鍼・円鍼・三陵鍼等々は修練すべきでしょう。 ...続きを見る

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2014/09/11 15:04
基本刺鍼の修練が基本−1
基本刺鍼の修練が基本−1 1.鍼灸学校教育の現状 鍼灸治療法には多様性があります。 鍼灸学校を卒業し、国家試験に合格して鍼灸師の免許を取得しても臨床効果を継続的に挙げることは至難な事であります。その原因はどこにあるのでしょうか・・・・。 臨床の場において、最も重要な事は病気をどのように理解するかにあります。現代医学理論を基本として病気を理解するのか、漢方医学理論を基本に病気を理解するのかにより刺鍼法の修練も全く違ってくるからであります。一番いけないのは、現代医学理論と漢方医学理論を混合することであり、これでは木に竹... ...続きを見る

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2014/09/08 11:48
<資料>腰痛にストレス関与
<資料>腰痛にストレス関与  日本整形外科学会と日本腰痛学会は、腰痛の発症や慢性化には心理的なストレスが関与しており、画像検査などでも原因が特定できない腰痛が大半を占めるとの診療ガイドライン(指針)をまとめた。 ...続きを見る

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2014/08/19 10:40
陽気陰気の覚書−7
陽気陰気の覚書−7 ◎陰気不足の基本病症 1.腎虚陰虚証 @虚熱が多い病症 足の煩熱・多汗→羸痩・顔面→黒(脂)・精力旺盛・口渇・食欲旺盛 小便自利又は不利・動悸・腰痛・易疲労 A精気が虚した病症 賁豚気病・腹痛の無い下痢・食欲有 B虚熱が少ない病症 足の煩熱又は厥冷・小便自利又は不利・腹痛の無い下痢・下焦虚・動悸 口渇(少) C表に水が停滞した病症 下肢厥冷・腰冷・下肢の浮腫・水気病(肥満型) ...続きを見る

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2014/08/15 13:55
陽気陰気の覚書−6
陽気陰気の覚書−6 5.病症の実際 臨床の場に於ける、各証の病症の実際を考察する場合の基本は陰虚(精気の虚)にある。例えれば、陽虚証は単独では決して成立せず、必ず陰虚が内にあり証が成立しているのである。 ...続きを見る

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2014/08/06 10:26
陽気陰気の覚書−5
陽気陰気の覚書−5 4、臨床の場に於ける陽気陰気の考察 実地臨床の場にあっては、陽気陰気の正しい理解が証決定の要である。 陽気の不足が陽虚証となり、陰気の不足が陰虚証となる。これが証の基本であるが、実際の治療にあたっては五蔵それぞれの陽気・陰気の特性がポイントとなる。 古典を基礎とした臨床は、内経の「気血水概念」を基本として考察する。即ち、気は陽気の代表であり、水は陰気の代表である。問題は血の理解である。難経の気血論に於ては、血は陰に位置付けられている。しかし、内経の気血水論にては、血はその生理的作用より基本... ...続きを見る

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2014/07/30 15:44
陽気陰気の覚書−4
陽気陰気の覚書−4 3、古典の病理学 病理としての陰陽虚実が、素問第62「調経論」に記載されており、これが経絡治療の証の基本であり、そのポイントは陽気陰気の過不足にある。 これをマトメてみると以下のようになる。 ...続きを見る

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2014/07/17 16:08
陽気陰気の覚書−3
陽気陰気の覚書−3 3.五蔵の生理作用について 五蔵それぞれのもつ、陽気陰気の性質を基本としてその生理作用を理解することが重要となる。このことが臨床的には病症に繋がるからである。 ...続きを見る

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2014/07/14 16:09
陽気陰気の覚書−2
陽気陰気の覚書−2 2、古典の生理学 (1)証における病症を陽気・陰気の病変にて表現している。 陽気→活動的・熱性の気・そう理の開闔(体温調節・温煦) 陽道は実す(陽経) 陽気は盛んになると少気となる性質がある 陰気→消極的・寒性の気・陰気は精を蔵す。 陰道は虚す(陰経) 陰はあらゆる機能の原動力 ...続きを見る

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2014/07/07 21:52
陽気陰気の覚書−1
陽気陰気の覚書−1 ◎はじめに 陽気陰気の問題は、実地臨床の場にあって実に重要である。 五蔵それぞれの陽気陰気の正しい理解により、病症の正確な把握が出来それの集積が「証」に繋がるのである。 ここに、陽気陰気の関係する項目を覚書的にマトメてみる。 ...続きを見る

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2014/07/03 22:56
鍼灸の治病理論について
鍼灸の治病理論について 漢方医学の理論的文献は五経にある。 五経とは、素問・霊枢・難経・金匱要略・傷寒論が一般的である。この五経を基本的文献として鍼灸医学の治病理論は構築されている。五経の中でも難経こそ鍼灸医学の基本的文献とされている。 ...続きを見る

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2014/06/23 17:08
陽気を賦活する陽経からの選経選穴
陽気を賦活する陽経からの選経選穴 難経医学の特徴は命門や三焦論を明確にしたことにある。命門の臨床応用に三焦・心包を活用したのは難経からであり、その目的は「陽気賦活」にある。 ...続きを見る

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2014/06/10 11:32
医は意なり(古語)
医は意なり(古語) この「ことば」を座右の銘としておられる医師や鍼医は多いにちがいない。私もその一人である。この古語は極めて古く、その源流は中国の前漢期まで遡ると考えられる。わが国でも、曲直瀬道三の「啓迪集」に「臨機応変ハ医ノ意也」とあり、特に江戸時代の医人に広く愛唱されたことばである。 ...続きを見る

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2014/06/04 15:26
<随想>漢方鍼医への道−7
<随想>漢方鍼医への道−7 9.学会誌「漢方鍼医」を編集  毎月の研修会は順調に開催され内容のある充実したものであった。漢方鍼医会は講習会ではなく研修会を目指しているので、毎月開催される学術検討会は活発なものであった。この学術検討会を通して経絡治療の種々なる不備を洗いなおそうと試みたのである。成果は少しずつ挙がってきた。 ...続きを見る

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2014/05/22 17:08
<随想>漢方鍼医への道−6
<随想>漢方鍼医への道−6 8.漢方鍼医会を創設  『さあ、こうなったら我々で会を創ろう。お互いの人格は認め、学術に関しては決して固定化しないという理念をもった研修会を創ろうではないか。』 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/15 11:18
<随想>漢方鍼医への道−5
<随想>漢方鍼医への道−5 7.東洋はり医学会を退会  平成2年(1990年)頃より独自の勉強会を持つようになり、月2回、土曜日の夜に五生会と称して五人で研修会を続けたのもこの頃からである。メンバーは、私と上手民男・山本政夫・鹿田英夫・高橋辰夫の諸氏であり、基本的資料は「素問」「霊枢」「難経」「傷寒論」「古典の学び方」等であった。 ...続きを見る

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2014/04/25 16:02
<随想>漢方鍼医への道−4
<随想>漢方鍼医への道−4 6.鍼灸の臨床に病理を!  私が東洋はり医学会に在籍していた約20年間、当時の治療は十二経絡病症をはじめとした局部の病症に基づき、病症と経絡との相関性に重点が置かれていた。その病症論の延長に脉状診を考えていたから、脉状の理解が即、手法につながるわけである。脉状により病理を読み解くというような思考法はそこには現れなかったのである。  また「霊枢」九鍼十二原や「難経」76難に書かれている手法は留置鍼ではできないとして補瀉の手法を事細かに開発したが、ここにも病理の考え方はなかった。病証論や脉状診は... ...続きを見る

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2014/04/14 16:25
<随想>漢方鍼医への道−3
<随想>漢方鍼医への道−3 5.池田政一氏との出合いと「古典の学び方」   「経絡鍼療」を編集して10年以上が経過した。学会誌もその内容や体裁がかなり充実し読者も500名を超えるまでになった。当時の学術理論は『相剋調整』の理論的構築と臨床研修の一点に絞られていた感が大いにあった。 ...続きを見る

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2014/04/10 16:20
<随想>漢方鍼医への道−2
<随想>漢方鍼医への道−2 3.「経絡鍼療」を編集  昭和47年(1972年)に日本経絡学会が結成された。この学会は、伝統的鍼灸医学である経絡治療を基本的に研究するはじめての全国的な学術学会であった。これで、経絡治療普及の土俵が出来たのである。第1回学術総会が翌年6月3日に東京のニッショーホールを会場として開催されたのである。 ...続きを見る

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2014/04/08 14:38
<随想>漢方鍼医への道−1
<随想>漢方鍼医への道−1 1.故福島弘道先生との出合い  昭和43年(1968)2月の日曜日、私は弘道先生のご自宅を訪問し先生と対座していた。勿論、正式には初対面であった。話の主導権は初めから先生の方にあった。話の主題はいつしか鍼灸医学における第3医学の構築におよんでいた。先生は伝統的鍼灸医学の素晴らしさについて、全くの素人である私に情熱を込めて詳しく話してくれたのである。 ...続きを見る

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2014/04/04 16:06
<論考>中国伝統医学について−5
<論考>中国伝統医学について−5 <脉法の体系>  素問・霊枢を始めとした脉法の歴史の流れに決着をつけた。所謂、寸口脉診として体系ずけたのでる。   寸口脉診→六部定位脉診・菽法脉診・三部九候脉診  ※5難   三菽⇒肺・皮膚   六菽⇒心・血脈   九菽⇒脾・肌肉   十二菽⇒肝・筋   十五菽⇒腎・骨  ◇骨に至る  ※18難   三部⇒寸・関・尺   九候⇒浮・中・沈  ※23難 人迎寸口脉診⇒「脈経」の人迎気口脉診 右関前一部⇒気口(内傷) 左関前一部⇒人迎(外傷) ... ...続きを見る

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2014/04/03 15:11
<論考>中国伝統医学について−4
<論考>中国伝統医学について−4 7.伝統医学への体系 『難経』 @難経は、素問・霊枢と並ぶ三大古典典籍である。 A成立は、「傷寒論」出版の少し前である前漢後期のBC106年か190年頃。 著者、編者は、秦越人扁鵲が定説。しかし、私は個人の著作ではなく「扁鵲学派」といわれる医術集団により編纂されたものと思う。 B難経編纂の真価 「黄帝内経」素問・霊枢は、かなりの混乱はあったが伝統医学の全体像を描き出した。しかし、医学理論や技術は統合されずに雑然としてものであった。 難経は、鍼灸医学において医学理論・技術論を体系化する... ...続きを見る

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2014/04/02 10:41
<論考>中国伝統医学について−3
<論考>中国伝統医学について−3 5.伝統医学の成立 『黄帝内経』について  前漢・新・後漢の約160年間に、黄帝と扁鵲と白氏の名を冠した種々なる医学古典が書かれた。しかし、書名として現存しているのは『黄帝内経』だけである。  『黄帝内経』は中国伝統医学の最古の医学典籍である。この医学典籍の出現により伝統医学の成立をみる事になる。  『黄帝内経』は、「素問」「霊枢」そして不完全ではあるが「大素」という二系統のテキストとして今日に伝えられた。 (1) 『黄帝内経』の複雑さ  一概には論じられない多様な内容にみちている。 ... ...続きを見る

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2014/03/30 13:47
<論考>中国伝統医学について−2
<論考>中国伝統医学について−2 4.伝統医学の誕生  中国における多数の出土医書より鍼療法への展開が示唆される。  →馬王堆漢墓と張家山漢墓など  @足臂十一脈灸経  A陰陽十一脈灸経甲本  B脈法  C陰陽脈死候  D五十二病方  E養生方等々 ...続きを見る

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2014/03/24 16:28
<論考>中国伝統医学について−1
<論考>中国伝統医学について−1 ○はじめに 中国伝統医学は、アーユルヴェーダ医学(南アジア)やユナーニ医学(イスラム世界)と共に現代社会に応用される生きた医学でもある。 その為、中国医学(漢方・鍼灸医学)は現代の医療体系にかかせない一環となっている。内科的病気については、現代医学以上に多くの人々の信頼をえているのも現実である。 このような伝統医学は、どの様にして生み出され作り出されたのかを、残された医学文献等より考察してみたい。 ...続きを見る

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2014/03/21 14:54
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−6
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−6 9.弦脉の脉証 「其ノ気来タルコト実強、是レヲ太過ト謂ウ、病外ニ在リ。気来タルコト虚微、是レヲ不及ト謂ウ、病内ニ在リ」 「気ノ来タルコと厭々(エンエン)聶々(テツテツ)トシテ、楡ノ葉ヲ循ヅルガ如キヲ平ト曰ウ。益々実シテ滑、長キ竿ヲ循ズルガ如キヲ病ト曰ウ。急ニシテ勁ク、益々強、新タニ弓ノ弦ヲ張ルガ如キヲ死ト曰ウ。春ノ脉ハ微・弦ヲ平ト曰ウ。弦多ク胃気少ナキヲ病ト曰ウ。但ダ弦ニシテ、胃気無キヲ死ト曰ウ。春ハ胃気ヲ以テ本ト為ス」(『難経』15難) ...続きを見る

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2014/02/27 11:04
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−5
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−5 8.濇脉の脉証 濇脉は病脉であり、基本的に健康的な濇脉は無い。 後退性の病症で冷え病証を伴う。 病症経過はよくなく皮膚が冷たい。 手足厥冷・下痢・食思不振・目に生気なく身体全体がふにゃふにゃしている病症には、必ず濇脉がある。 濇脉は病理として陽気有余である。これは滑脉の陰気有余と対をなしている。 陽気有余とは血虚があるということである。 「血が停滞して流れが悪く、相対的に気が旺盛になっている」と診ることができる。... ...続きを見る

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2014/02/12 16:35
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−4
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−4 7.滑脉の脉証 『滑は陰気有余也』《素問・脉要精微論》  ※陰気は血の事。滑脉は血が多くて流れが滑らかな状態に現れる脉状也。 『滑は陽気盛ん、微に熱有』《霊枢・邪気蔵府病形》  ※陽気は血中の陽気のことである。微に熱有は、病的な滑脉を現す。血熱病症。 ...続きを見る

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2014/01/30 16:41
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−3
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−3 5.遅脉の脉証 1.陽気不足 冷えは陽気不足である。内因による気血の滞りということになる。 気の不足の冷えがある程度進むと発熱する。その場合は数脉に移行する。 2.寒湿の停滞 外邪の場合、寒邪や湿邪が侵入・停滞すると大体冷えに移行する。 この場合、遅脉でもやや力有る脉になる。 3.血の停滞 これは遅脉でも濇を帯びた脉になる。 濇脉というのは遅脉に移行する脉であるがちょっと堅い。 ...続きを見る

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2014/01/28 11:17
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−2
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−2 3.沈虚の脉証 基本的病理は、三焦の原気不足による陰虚が前提になり、そこに寒湿の邪が入ったために陽気が不足して病証として寒症を現す。 ...続きを見る

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2014/01/24 17:05
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−1
<臨床>脉証と五臓脉部の臨床考察−1 1.浮虚の脉証 肺気虚で陽虚のとき、外邪に侵襲され浮実になれなくて浮虚の脉証を呈することになる。 肺虚(陽虚)の風症には浮虚の脉証もある。 病症が進行すれば、沈虚の脉証となり陽虚の病証が顕著となる。 ...続きを見る

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2014/01/22 11:38
鍼灸医学に於ける病気とは
鍼灸医学に於ける病気とは 病気とは何か、どの様な状態を病気と言うのか。この事は素朴な問いかけではあるが非常に重要な意味を持った疑問である。 ...続きを見る

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2014/01/20 17:18
初春 今年は何か良いことがおきそうだ
初春 今年は何か良いことがおきそうだ ◆伊勢神宮の初春 ...続きを見る

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2014/01/01 11:07
<論考>日本伝統医学について−完
<論考>日本伝統医学について−完 6.金元明時代の医学革新  この時代には、革新的な医学理論の展開運動が活発に行われた。それは、素問・鍼経・難経(三大古典)の理論統合である。すなわち、内経理論(陰陽五行論・運気学説)で病理・薬理を整理し、薬物学・処方学の治療体系を再構築しようという試みである。この動きは、伝統医学理論の新たな方向性の構築である。 ここで、その代表的な医家であり日本漢方医学にも大きな影響を与えた、金元四大家の鍼灸医学理論を簡単に考察する。 ...続きを見る

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2013/12/22 16:58
<論考>日本伝統医学について−3
<論考>日本伝統医学について−3 4.『医心方』編纂と日本における医学研修 日本現存最古の医書である『医心方』は、平安時代における隋唐医学の集大成であり10世紀最晩年(994年)に中国医学受容の精華として編纂された。本書は全30巻からなる医学全書であり丹波康頼の編纂である。内容は、医学の諸領域より薬物・養生・房中にわたる。以後、平安時代が終わる100余年間には種々なる医書が著されたが、質でも量でもこの『医心方』を一歩たりとも凌ぐ書はついに現れなかったのである。 ...続きを見る

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2013/12/20 13:41
<論考>日本伝統医学について−2
<論考>日本伝統医学について−2 2.中国伝統医学の基本的文献 中国伝統医学の理論的骨子は、2世紀後半から3世紀前半の160年間にほぼ構築されたものとみるのが定説である。特に、実在の臨床医である張仲景の著述「傷寒雑病論」はその方向性を決定づけたものと考える。 ...続きを見る

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2013/12/17 19:26
<論考>日本伝統医学について−1
<論考>日本伝統医学について−1 ○はじめに 日本における漢方医学は、江戸・元禄時代(1687年)に入ると独自化の道を歩む事になり「日本的漢方医学」の体系が構築されるのである。それまでは中国伝統医学の模写でありほとんどと言ってよいほど独自性はなかった。 今回は、中国伝統医学理論の構築より始まり、その発展過程と日本漢方医学への導入などを考察し、近世日本漢方の基盤を築きそれを広めた間直瀬道三の登場までを書きたい。加えて、日本漢方に多大な影響を与えた金元四大家の鍼灸学説も考察した ...続きを見る

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2013/12/15 17:42
<資料>インフルエンザ予防接種、どれくらい効くの?
<資料>インフルエンザ予防接種、どれくらい効くの? インフルエンザ予防接種、どれくらい効くの?  ※Yahooニースより ...続きを見る

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2013/12/13 11:59
インフルエンザの流行
インフルエンザの流行 ◆インフルエンザの流行 今年もインフルエンザの流行期が来ました。ここ数年、ワクチンを受ける人達が増えています。これは10数年前に、ある老人施設に発生した集団罹患よりの傾向であります。 しかし、ワクチンを注射したから絶対に安全というものではありません。ワクチンの効能は、高熱などの症状を軽くして肺炎など合併症に罹りにくくするぐらいであり、発病を完全に防ぐことは出来ません。 ※ワクチン摂取の参考資料 前橋レポート http://www.kangaeroo.net/D-maebashi.html ... ...続きを見る

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2013/12/05 18:57
<資料>ノロウイルス感染症
<資料>ノロウイルス感染症 ...続きを見る

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2013/12/03 14:00
鍼灸臨床の病証考察−3
4. 陽虚とは 陰虚の中の陽虚ついては、陽虚というのはいきなり陽虚になるのではなく必ず陰虚の段階がある。五臓の正気虚というのが陰虚であるから、その陰虚が進行したものが陽虚になるのだと理解している。 陽虚というのは陰虚より進行したもの。陰虚というのはある程度生理的なところもふくまれるが、陽虚は明らかに病的症状となる。 現代病に陽虚の病症がすごく蔓延している。陽虚にも段階があって然りである。であるから陽虚の治療を通していくと陰虚のかたちに戻ってくる。治療室にも健康管理で来院する患者が結構な割合... ...続きを見る

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2013/12/02 10:04
鍼灸臨床の病証考察−2
3. 陰虚の病証 この陰虚の病証には、虚労・労倦・血虚・虚燥の四つある。 虚労病証というのは普通の疲れである。労倦の疲れとは少し違う。「虚労は腎虚なり」いう言葉もあるように、虚労・労倦・血虚・虚燥という病証が考えられる。まあその他にもあるが代表的にはこの四つが考えられる。 ...続きを見る

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2013/11/28 10:06
鍼灸臨床の病証考察−1
漢方医学は総体論が基本である。これは、病人全体を診て証を決めるという事である。例えばまず陰陽を診る。そして寒熱診る。これが東洋医学の基本であると考える。 臨床病症は、寒熱論・陰陽論で考えると明らかに発症の基本が違う。このような診方は漢方医学では当然の事だと思う。例えば、老人に発症する病症は、五臓が衰えているから当然若人と同じ病症を発症するわけはない。このような姿勢が重要なのである。そして、その理論の基本には病証論があるのだ。 ...続きを見る

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2013/11/25 22:40
臨床の場より<臨床虚実論の考察-3>
5.病症の虚実 病症の虚実とは、患者が現わす諸病症そのものに現れる虚実の事である。 病気は精気の虚があるから起こる。これを本質の虚ともいう。 この本質の虚に内因や外因等が加わり病理の虚が発生する。つまり血や津液等の物の不足が加わった状態となる。この様な状態で病症を訴えてくる場合と、これに旺気実や邪実が加わって病症を 訴えてくる場合がある。 治療は、まず精気の虚を補うことが基本となる。しかし、臨床の現場では病理の虚実等も診察し選穴や用鍼や手技等により補瀉の量を加味した治療を行うのが一般的であ... ...続きを見る

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2013/11/12 14:24
臨床の場より<臨床虚実論の考察-2>
3.病理の虚 病理の虚は精気の虚より発生する。 病気は五蔵の持っている精気の虚により始まるのだが、その精気の虚はなぜ発生するのか。それは各自が持っている体質の強弱 や性格的な偏り等より何らかの変調は持っている。しかし、この状態ではそれなりの健康を保っている。これを『素因』という。この素因の段階で現れているのが精気の虚である。この状態は、 単なる疲労回復か養生法で来院する患者である。 しかし、多くの患者は精気の虚に飲食の過不足や房事過度、労倦、精神疲労等を加えて精気だけでなく、その蔵の持って... ...続きを見る

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2013/11/11 16:07
臨床の場より<臨床虚実論の考察-1>
鍼灸治療の本質は『虚実を弁えて補瀉する』と言われる。 臨床の場では虚実を診断し、虚なら補、実ならば瀉という手技を用いて治療を進める。このように、鍼灸治療にとって虚実の正しい理解は最も重要なものとなっている。 その為には、病気の本質である精気の虚の理解と病理はもちろん病症も虚実に鑑別できなければ正しい鍼灸治療は進められないのである。 ここでは虚実の定義とその種類等につきその要点をまとめてみる。 ...続きを見る

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2013/11/07 14:18
テキ儻不羈(てきとうふき)ということ
表題の漢語は、まことに難しい字が四個もならんでいてなじみにくい。しかし、この漢語は江戸期や明治の知識人の間では、ごく普通の言葉として使われていたと聞く。その意味するところは、ある種の独創家、独志の人、あるいは独立性の強い気骨のある人格をさす。 倜(てき)は、すぐれていて何事にも拘束されないさま。儻(とう)は、志が大きくてぬきんでている事。羈(き)は、馬を制御するたづなであり、不羈(ふき)は拘束されないという事を強く現わしている。この漢語は、紀元前から既に存在したというが、なにかし... ...続きを見る

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2013/10/17 18:59
道元禅師の教えに学ぶ−2
私は、この仏法の真理を漢方はり治療の場で考えてみる事にした。それが中々に面白い。臨床の場にて大いに合点がいくのである。 例えば、陽気がおとろえ全身の皮膚が冷えている症例は若い女性に多い。この様な症例の脉状は必ず沈遅濇となっている。これは自然の真理である。証も肺虚や肝虚が多いのである。 また、下半身が冷えている症例では、必ず胸部より上の方に虚熱があり脉状も浮虚濇が多くなるものである。これも、自然の生理的な真理である。 最近は若い人にも多く発症する煩熱も、表に虚熱が... ...続きを見る

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2013/10/16 10:58
道元禅師の教えに学ぶ−1
道元禅師は不世出の人物であり日本仏教の革命者である。人心の乱れに乱れた我が国に正法を導入する為にのみこの世に生を受けたとしか思えない聖人である。 母は摂政関白家の出であり道元と名づけられたが、幼名は文殊丸と呼ばれていた。重瞳の子と言われ、俗なら天下人、聖なら大聖人になる人物であると期待された。幼き頃より「四書五経」や「唯識論」「高僧伝」等を読みふける。道元は、自らの考えにより13歳の時に出家の道を選び叡山に入山するのである。 叡山で天台止観を学道すればするほどに、根本的な疑問にとらえられ苦悩... ...続きを見る

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2013/10/11 13:36
足利尊氏と病気−2
さて、『癰』なる病症はどんなものか。現代医学では皮下組織に生ずる急性化膿性炎症であると解説してある。 漢方的には、六淫に外感し、また過食や外傷により栄衛が和せず、その為に邪熱が壅がり、気血が滞って本病は発病するとしている。そしてその症状は、腫れは大きくて根は浅く、患部は赤色を呈して激痛があり、皮膚は薄くなり光沢を帯び化膿しやすく、傷口は速やかに壅がる性質があるようだ。また、大変な高熱に侵されるようだ。中々に厄介な病症である。   脉状は、おそらく全体が沈脉を呈し左関上の脉部に&#28... ...続きを見る

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2013/10/03 17:25
足利尊氏と病気−1
恐ろしき事に、一匹の蚊がこの英雄の命を縮めたと言われている。 足利尊氏(1305〜1358)は、元弘の乱に京の六波羅(鎌倉幕府探題)を陥れて建武新政のさきがけを作ったが、のちに後醍醐天皇に叛いて光明天皇を擁立し、征夷大将軍までなり室町幕府を開いた人物である。 「太平記」によれば、『正平13年(1358)4月、大樹ノ下ニテ蚊ニ刺サル、背ニ癰瘡出テ、心地例ナラズオハシケレバ、本道(内科)・外科ノ医師数ヲ尽シテ集ル。最高ノ術ヲ尽シ、最善ノ薬ヲ施シ奉レドモ更ニ験ナシ。・・・病、日ニ随ツテ重クナリ、... ...続きを見る

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2013/09/30 17:06
恬憺虚無ナレバ・・・・・・
「恬憺虚無ナレバ眞氣之ニ從イ、精神内ヲ守リ病安ンゾ從イ來ラン」 この名文は、「素問」上古天真論篇の冒頭にある金言であり、私の好きな言葉でもある。上古天真論篇は、養生の重要な原則について内因・外因の二面より人々を教え導いた篇である。外よりくる虚邪賊風の回避について外や内より生ずる精神の調和についてのべている。この様に、真気が調和すれば病は生じ無いことを強調した篇でもある。「恬憺」とは、精神が長閑で清清としたことを意味する。俗に言う「枯れた精神」をさしている。「虚無」とは、貪り求めたり、よこし... ...続きを見る

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2013/09/20 15:06
臨床の場より<衛・栄・血・津液の病理>
◆衛・栄・血・津液の病理 1.衛の病理 衛は表で働く陽気である。陽気であるから動きが素早い。何か異常を察知したらぱっとそこに行く。常に外に発散しようとする気であり「壮火の火は少」という言葉があるように、治療の段階では刺激量にごく注意する必要がある。表を温めて外寒から身体を守り、&#33120;理の開閉を調節して体温を調節する。皮膚や筋肉・関節を働かせ、内の胸や腹を温める気でもある。この衛気の集散が、痛み・かゆみや発熱というような症状を現す。 衛気が不足して表の循環が悪くなると、皮膚の部に熱... ...続きを見る

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2013/09/16 09:15
臨床の場より<気血栄衛と臨床>
◆気血栄衛と臨床 臨床実践は、気血栄衛・陰陽の気の動きを考えながら鍼を行うものであり、観念的・短絡的に、例えば患者が息を吸ったときにぱっと鍼を抜くのが補であるなどというのではなく、病証を理解することによって、何に対して鍼を動かすのか明確な目的意識をもって補瀉を考える事が必要とされる。 たとえば今、血中の陽気である栄気が虚しているとする。栄気とは血を循環させる気で、これが不足していると血や津液が循環できなくなって、津液の冷やす作用が落ちるから発熱する。この発熱の原因は栄気の虚であるから栄気を補... ...続きを見る

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2013/09/13 22:43
臨床の場より(経穴2)
<経穴の資料> 1.名称 素問・霊枢→穴・気穴・兪穴・谿隧・谿谷・節の交・孫絡・その他 千金方→孔穴  ※『経穴ハ神気ノ遊行出入スル所也』→九鍼十二原篇 2.数 総数は365穴とされる。 銅人経 →354穴 3.分類 @五行穴→五兪穴・五井穴 ※素問・気穴論→蔵の兪50穴、府の兪72穴 霊枢・本輸篇→陰経(井木・栄火・兪土・経金・合水) 陽経(井金・栄水・兪木・経火・合土) 難経64難→五行穴の原典(完成) A十二原穴 ※霊枢・九鍼十二原篇 肺の原→太淵2 ... ...続きを見る

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2013/09/05 11:44
正岡子規と病気−3
子規を苦しめた「結核」について考察したい。 「結核」は肺をはじめ体の臓器・骨・関節・皮膚などに発症する病気である。江戸時代には「勞咳」と言われた。明治になり伝染病が増え、死亡率も常に上位であった。 子規は、結核が進行した晩年には脊椎カリエスとなり、背中に瘻孔(体の中に溜まった膿が自然に皮膚を破って出来た穴。死の門とも言う)が数多く出来、大変な苦痛を伴ったとされている。 勞咳は「勞祭」ともいわれる。鍼灸重宝記には『これは現代の開放性で伝染の激しい結核である。体が弱いのに心腎を勞し過ぎてこの病... ...続きを見る

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2013/09/03 10:19
正岡子規と病気−2
子規が短歌の革新に取り組んだのは、カリエスが悪化しほとんど寝たきりの生活を強いられた時期である。 子規は病身を鼓舞し、新聞「日本」に『歌詠みに与える書』を発表する。その中で「近来和歌は一向に振い申さず・・・・貫之は下手な歌詠みにて『古今集』はくだらぬ集にこれあり候」と大胆に当時の和歌や有名な歌人を批判した。かわりに『万葉集』を持ち上げた。子規は全てにおいて実証的であり、すぐに写生による短歌を作り始めた。 子規のこのような仕事によって、閉塞状態にあった短歌はくびきから脱したともいえる。それまで... ...続きを見る

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2013/08/31 18:15
臨床の場より(経穴)
<経穴について> ここで、経穴について少し書いてみます。 経穴は、古代中国において発見され大系付けられたもので、2000年以上も経過しています。学問的には、滑伯仁(かっぱくじん・唐の時代の学者)が1341年に「十四経絡発揮」という書物にまとめてから大いに普及したようです。 経穴は臨床の場にて経絡と共に応用されてこそ価値があるのです。我々の人体には700位の「正穴」と14の「経絡」と言われるものがあり、病症の発現によって関連する経絡・経穴が反応を現すのです。臨床では、この様に反応を現した経絡... ...続きを見る

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2013/08/30 22:48
正岡子規と病気−1
子規の生涯は36年という短いものであった。しかし、子規の生き様は壮絶そのものであり、見事に燃焼した一生であったと私は心底そう思っている。 子規の墓は田端の大竜寺にある。そこには子規自身が生前に書いたという墓誌が添えられている。これは、子規没後33回忌となる昭和9年に建てられたものだ。 そこには以下のように書かれている。『正岡常規マタノ名ハ処之助マタノ名ハ昇マタノ名ハ子規マタノ名ハ獺祭書屋主人マタノ名ハ竹ノ里人。伊予松山ニ生レ東京根岸ニ住ス。父隼太松山藩御馬廻加番タリ。卒ス。母大原氏ニ養ハル。... ...続きを見る

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2013/08/29 22:20
臨床の場より(経絡)
<経絡について> 経絡について簡単に書いてみます。 経絡は気血の通行する経路で14系統あります。正確には「経脈・絡脈」と表現します。現代医学的に言う血管とかリンパ管、神経とは少し違います。 東洋医学では、経絡はあくまでも気血の通路と表現します。経絡の内側を血(けつ)が通行し経絡の外側を気が巡循するのです。この気血に陰陽的に調和がとれていれば健康であり、不調和は病気とされています。 経穴は、この経絡上にあり大自然の正気を体内に通す場所であるとされています。人体は、大自然に対して小自然である... ...続きを見る

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2013/08/27 08:56
臨床の場より(気血)
<気血について> 経絡の内外を「気血」が循環しているのです。この発想も東洋医学独特の考え方であり、本当に素晴らしいですね。 東洋医学の基本的理論は、生きて活動している人体そのものを全体的に把握するという事が基本的な考え方になっているのです。日々、生活しているそのものを丸ごと捉えるという発想です。このような捕らえ方はごくごく当たり前の事ですが、現代医学では余り重要視されていません。 現代医学では、余りにもミクロ的な分析が中心となり、真なるものを見失っていると私は思います。もっと原点に帰るべき... ...続きを見る

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2013/08/21 18:05
杉田玄白と病気−2
玄白には著作が20位はある。 84歳の時に書いた『モウテツ独語』という本がある。その中に「脱肛」に苦しんだ体験が書かれている。 『・・・上ノ七穴(目・口・鼻・耳)ヨリモ、イカナルカ下ノ二穴ノウルサクツラキ事ハ、アゲテ数エガタク、マズ肛門ハ日々飲食ノ槽粕ヲ泄ス第一ノ要所ナレバ、自由ニナクテハ叶ワヌ所ナルニ、老者ノナライ多クハ秘結ガチニテ、厠ニ居ルヲ長ク、寒風ノ時ナドソノ苦シミイワンカタナシ。マタ、ソレニツケテハ便ゴトニ脱肛シ、急ニ納マリカネ、マタタダチニ座ニモツキガタク、イロイロ手当テシ、湯ニ... ...続きを見る

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2013/08/16 16:31
杉田玄白と病気−1
杉田玄白といえば、彼が40歳の安永2年(1773)に全5冊本として翻訳出版された西洋解剖学書『解体新書』が有名である。しかし、あの翻訳本は中津藩医であつた前野良沢が中心となり殆どを翻訳されたようだ。 玄白は、小浜藩の漢方医でありオランダ語の語学知識は殆ど無かったようだ。玄白の仕事は、いわば企画部長であり、翻訳の計画立案から作業進行や出版までを、それこそ寝食も忘れて3年6ヵ月よく頑張ったものだ。この玄白の頑張りがあって『解体新書』は不完全ではあるが無事に出版され、その後の蘭学興隆のさきがけとなっ... ...続きを見る

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2013/08/13 09:55
夏目漱石と病気−2
先にも書いたように漱石は大変に多病であり、生涯にわたり病気に苦しめられたようだ。中でも「胃潰瘍」にはほとほと難儀をしたようである。 明治43年(1910年)、「門」の執筆が終わったころ漱石は胃潰瘍の療養の爲に伊豆修善寺にて静養している。しかし、この年の8月24日の夕刻に突如大吐血がおこった。この時に30分間の死を体験する事になる。 この経験を「思い出す事など」の中で、『強いて寝返りを右にうとうとした余と、枕元の金だらいに鮮血を認めた余とは、一分の隙も無く連続しているとのみ信じていた。その間に... ...続きを見る

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2013/07/19 17:09
夏目漱石と病気−1
漱石といえば千円札の肖像画が有名である。何とも人が良さそうで、少し神経質な寂しそうなお顔で微かに笑っているようだが・・・。 漱石は、20世紀に読まれた国民的作家として第3位に選ばれており、現在も大変人気が有る様だ。しかし、漱石は小説家になんかなる積もりは無かったようだ。当初は東大の教師として英語を教えていた。そして、明治国家より英国留学を命令された。それも第1号として、国家より期待されていたのだ。 だが、この英国留学が後々まで漱石の身体を苦しめることになったようだ。ノイローゼ・糖尿病・神経痛... ...続きを見る

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2013/07/18 22:44
臨床の場より(熱中症とは)
◆「熱中症」とはどんな病気なのか・・・ 身体の内と外の「暑さ」の相違によって発症するさまざまな身体の不調である。 屋外だけでなく屋内でも多く発症する。 症状によって主に以下の三種類に分類できる。 1.熱疲労→倦怠感、めまい、吐き気など 2.熱けいれん→手足のけいれんやこむら返りを発症 3.熱射病→身体反応が鈍くなり、言動などがおかしい等の意識障害を発症する ...続きを見る

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2013/05/23 13:45
曲直瀬玄朔について
曲直瀬玄朔は、戦国から江戸時代にかけて活躍した医者である。 二代目道三となった玄朔は、養父の初代道三の功績を恥ずかしめない医家としての実力を備え、初代道三と共に日本医学中興の祖と称されている。 ...続きを見る

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2013/05/20 09:47
曲直瀬道三略伝
◆曲直瀬道三 1507〜1594(永正4年〜文禄3年) 古医方中興の祖といわれる名医であった。実名は正盛または正慶とも名乗った。京都の生まれで誕生の翌日に父を失い、ついで母に死別し13歳で相国寺に移り僧門修行し、髪を落として等皓(とうこう)の僧名に改めた。 この年頃に三体詩・東坡など漢、唐などの詩集を読解し、幾種かの経巻も暗記し、算数・理化・博物の学問にまで知見を広めていった。 ...続きを見る

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2013/05/19 13:43
吉益東洞の医学理論について−完
 吉益東洞が推し進めた「漢方」は、伝統医学の基本的理論である「陰陽五行論」を臆面もなく否定したのである。この様に、陰陽五行論を空論臆説として退けるという暴挙により、その後の日本漢方に取り返しのつかない自己矛盾を犯す事になったのである。  つまり、陰陽五行を否定した時点で、もはや東洞流の漢方は、漢方の来源である中国医学の本質を否定するものとなり、その自己矛盾による自縄自縛により没理論の泥沼に埋没する方向へと進むことになったのである。  吉益東洞は、「親試実験」という実証主義の旗印を掲げて、没... ...続きを見る

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2013/05/17 11:30
吉益東洞の医学理論について−3
 東洞流医学を簡単に表現すれば、「病理を無視し病症のみによる治療」となるであろう。鍼灸治療的に書けば、経穴治療・特効穴治療・対症治療・標治法のみの治療等々となるであろう。  東洞流古方医学の根本は、「万病は一毒により発症する。故に、その原因となる毒の排除が治療の要となる」としている。所謂、万病一毒説がその根本的治療理論になっているのだ。      具体的にこれを極論すれば、東洞流医学にあっては、脉診も経絡も陰陽五行も病証(病理)も全て迂遠なりとし、臨床には余り必要が無いと切り離しているのであ... ...続きを見る

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2013/05/16 21:23
吉益東洞の医学理論について−2
 ここで重要な事は、古方派にも多様性があり多くの医学理論には後世方的理論も内包されていたという事である。 特に山脇東洋の医学理論には、我々が研修している漢方はり治療の学術に近いものも大いに内包されていた。それが吉益東洞の出現により、少し狭隘な医学理論に変革されてしまったという事である。これより中国漢方と日本漢方の根本的な違いがはっきりと現れるようになったのである。  しかし、不思議な事に江戸後期より明治・昭和に至るまで、明らかに漢方の正統医学理論ではないと思われる吉益流医学が、日本漢方の主流... ...続きを見る

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2013/05/15 11:07
吉益東洞の医学理論について−1
 日本医学の基礎は曲直瀬道三よりはじまる。  道三25歳の時に足利学校に学ぶ。時に田代三喜の医学講演を聴き、直ちに三喜の弟子となり李朱医学に傾倒しその医学理論を極める。その集大成は、当時の中国医学をも凌駕されたとされる「啓迪集」である。この書は、病症と病理を臨床的に集約した医学書となっている。  二代目道三(玄朔)の時代より、医学理論の基礎が少しずつ古方医学に戻りはじめた。 所謂、傷寒論医学である。日本医学の傾向も古方医学に集約しつつある。  名古屋玄医・山脇東洋・後藤艮山・香川修庵等々を... ...続きを見る

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2013/05/14 11:40
樋口一葉と肩こり
樋口一葉と言えば、新五千円札の肖像画として登場し俄かに人気を回復しています。また、鏑木清方画「一葉」が有名ですね。銀杏返しに結った髪が中々によく似合い清楚な日本美人として描かれています。 しかし、実際には身長も低く、姿勢は前かがみで顔色も良くなかった。 ...続きを見る

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2013/05/13 11:38
写真と紀行文「大和路を歩く」出版について
<あとがきより> 「大和路を歩く」という写真集を、はじめて編集発行したのは2011年12月である。しかし、写真・紀行文ともに不充分なものであり、いつか改訂版を出したいものと思っていた。加えて、大和の石仏紀行も追加したいものと考えていた。 ...続きを見る

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2013/05/09 17:54
「伝統医学の学び方」長沢元夫著
漢方医学には、古方派・後世方派の流れがある。 古方派は、端的に表現すれば素問医学の否定より治療学術の構築をしている。現実的な臨床医学の現場に即した実践的・即物的な医学体系である。張仲景の「傷寒論」を基本的文献としているのが特徴である。  反して後世方派は、陰陽五行理論を骨子とした素問医学体系を肯定する治療体系である。治未病を目指す医学理論の実践にその本領があるものと理解している。 日本における古方派の巨頭は吉益東洞である事は言うまでもない。 本書は10年程前に積文堂出版より出版されたもの... ...続きを見る

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2013/05/08 22:40
ブログはじめました
私は、鍼灸臨床が30年以上になります。日々の鍼灸臨床の場にて感じたことや考えた事などを掲載したいと思います。 また、東洋医学、特に伝統的な古典鍼灸医学についての情報なども少しづつ発信したいと思っています。 ◆写真は皐月の空に泳ぐ鯉のぼり ...続きを見る

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2013/05/08 11:14

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