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zoom RSS 難経考−1

<<   作成日時 : 2014/11/14 16:46   >>

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<難経考-1> 
難経とは


素問・霊枢・難経は、東洋医学の三大古典医籍である。
難経は、内経の医学理論を基本として一貫して鍼灸医学体系を臨床的に築き上げ、内経医学とは一味違った『難経医学』を構築した基本的な医学全書である。そして、難経は独り鍼灸医学の臨床指導書では無く、漢方医学の基本的な臨床指導書でもある。
このように漢方医学にとって重要な『難経』の註解書は、湯液の聖典とされる『傷寒論』と同じぐらいに多い。また名ある歴代の医人でこの両書に言及しなかった者はいないといって良い程である。この事は、難経が漢方医学の基本的な医書であることの証である。 しかし、原『難経』は残念ながら現存せず後代には伝わらなかったのである。 以下『難経』について少しく考察する。

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◆書かれた目的   
難経本義大鈔(森本玄閑編著)の掲浤の序に『内経は言簡古淵涵にして未だ通暁し易からず、故に秦越人発して八十一難を為る。其の義を推し明らかしむる所以なり』  
難経本義(滑伯仁著)の自序に『難経は、黄帝素問・霊枢の旨に本づきて問答を設けて為す、以て疑義を釈す』等より、『難経』は、黄帝内経が説く医学理論を基礎としての臨床研究の指導書として書かれた。それに加えて、菽法脉診を初めとした難経医学としての独創的学術、特に医術を発表し広める事が目的として書かれたものと思う。

◆成立  
『難経』の成立については、『素問・霊枢』の編纂後、『傷寒論』出版の前である前漢後期のBC106 年または190 年の説が有 力である。この時期は、日本では弥生時代中期にあたる。
私論としては、斉で活躍した実在の名医、淳于意も『難経』をテキストとして脉診流の鍼医学を修得したものと思う。

◆著者、編者  
著者については、一般的には秦越人扁鵲と言われている。  
しかし、難経を扁鵲の著作とするのは現実的には正しく無いのである。内容等より考察しても、決して個人が編纂したものでは無く、「扁鵲学派」と言われる医術集団が難経の真の著者・編者であると考えた方が自然であると思える。

◆医学理論の基本について  
『難経』編纂の医学理論の基本については陰陽五行論が基礎となり構成されている。特に相剋論と共に相生論を全面的に取り入れているのが特長である。相生論は難経にて初めて臨床医学の中に本格的に応用されたのである。


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